せめて人並みの幸せを。

高学歴の成れの果て

"非モテの帝王"武者小路実篤著『友情』は昭和の傑作ラノベ

生涯もはや一冊しか本が読めないとしたら、僕は武者小路実篤著『友情』を選ぶだろう。

文学つまらない問題

日頃から趣味は読書と言っていると、お勧めの本を聞かれることも多いわけだが、そこで文学作品を答えたりなんかすると、だいたい引かれる。
まあ実際、文学のほとんどは面白くない。面白いと言われていてもfunnyというよりは、interestingな、こういう面白さもあるわなみたいなものだったりする。 でも別にそういう面白さは通常お呼びでない。 僕は一通り文学を読み込んできたつもりだが、その大半は文学を読む自分に酔うために読んだと言っても過言ではない。自称読書家ってそういう生き物だと思う。

それでも、『友情』は神がかり的に面白い。

ではなぜ今回、武者小路実篤なんていう、バリバリの文豪の作品をお勧めしているのかというと、理由は三つある。

  • キャラクターが現代調
  • 会話文が多い
  • 杉子みたいな女に騙された経験ってあるよね

あらすじ(ネタバレあり)

、とその前にあらすじをば。 簡単に言うと、イケてない主人公「野島」くんが、親友の「大宮」(イケメン)に好きな女を奪われるっていうどうしようもない話である。 タイトルは『友情』やけど、最終的に友情、完全に崩壊する。

お勧め理由①キャラクターが最高

そもそも文学ってなんでつまらんのかっていうと、キャラが古臭くて感情移入できないからだと思う。
その点、野島くんは現代のラノベ主人公のようなこじらせ方してて、最高である。最低で最高である。こいつ絶対童貞やと思うわ。
でもそれでいて憎めない。てか最後の咆哮を聞いて野島を好きにならないやつって果たして存在するのか。

君よ、君の小説は君の予期通り僕に最後の打撃を与えた。殊に杉子さんの最後の手紙は立派に自分の額に傷を与えてくれた。僕はもう処女ではない。獅子だ。傷ついた、孤独な獅子だ。そして吠える。君よ、仕事の上で決闘しよう。君の残酷な荒療治は僕の決心をかためてくれた。今後も僕は時々寂しいかも知れない。しかし死んでも君たちには同情してもらいたくない。僕は一人で耐える。〜〜

そして大宮も素晴らしい。こんな好青年っていつの時代もいるもんだね。この結末をもってしてもなお、友達になりたいレベル。
てか大宮は最初杉子と付き合うのはないわって感じなんですよね。杉子に言い寄られてるのに、若干ドン引きするくらい野島を勧めまくってるし。

野島の見かけばかりにまだひっかかっていらっしゃるように見えます。野島の魂を見てほしく思います。野島を友だからほめるのではありません。野島は実際、ほめていい僅かな人間の一人です。そんな男に恋されたことはあなたの名誉です。

結局悪いのは杉子

結局、野島に最初思わせぶりしといて「大宮さん大しゅきー」って言ってる杉子が悪いんすよね。「でもそんなつもりじゃなかったし〜〜」「尊敬はしてるんですけど〜そういう目で見れないっていうか〜〜」ってなんやねん。地獄に落ちろ。

お勧め理由②『友情』は会話文が8割

文学ってなんでつまらんのかっていうと、聞いたこともない古臭い描写表現が延々続くからだと思う。
その点、『友情』はほぼ会話文なので、読むのに変なストレスがかからない。その上文庫で150ページくらいなので、すぐ読めてしまう。
薄くて、会話が多くて、しかも面白い文学作品とあれば、もう読まない理由が存在しない。

お勧め理由③杉子あるある

結局『友情』とは杉子という一人の女にかき乱される男たちの友情の物語である。でも杉子みたいな女性って現代でもよく見かけると思うのです。
この杉子という存在が、野島への共感を、『友情』への共鳴を支えてくれているのかもしれない。
かくいう僕も、初めて『友情』を読んだ時には、蘇る黒歴史に耐えながら「女ってやつは」と叫んだものだ。

結論:読めばわかる

とにかく神作品かつ薄くてしかも安いという、早い、安い、美味いみたいな小説なので、ぜひ読んでみていただきたい。

この本がきっかけで、 実篤ゆかりの地仙川に引っ越す人がいるほどの作品。

友情 (新潮文庫)

友情 (新潮文庫)

楽しむために人狼をやる奴は帰り夜道で襲われろ

人狼って、数年前までは、じめっとした連中の知的遊戯だったはずなのに、 いつの間にやら、日向者も当たり前の顔で入ってきていて、 プレーヤーが増えたこと自体は喜ばしいことだけれど、 勝つためにやっていない人間が時折混ざっていて、冷める。

そしてキラキラハッピー野郎どもは、仲間の気持ちを害することを極端に嫌い、恐怖している生き物でもあるから、 そういったふざけた連中をも、許し、またそのおふざけを奨励しさえする。 あまつさえ、勝つことを目的としている人間が悪者であるかのように扱うことすらある。

お前らがやっていることは、ゲームに対して失礼だ。

結局我々と彼らとが行っているゲームは同じではないのだろう。 人狼人狼として行っている我々と、 山手線ゲームとか、たけのこニョキニョキとか、そういうものの延長線で人狼を遊んでいる輩は、 同じ空間で同じゲームを共有しているはずなのに、 その実、何も同じ意識を共有できていない。

セオリーとか、勝つための戦略とか、そういった話をすると奴らがなんていうかわかるか。 「俺らそんなガチでやってないし」「楽しめればいいじゃん」「そんなんで楽しい?」 夜道で一人になった瞬間に暴漢に襲われろ。 百歩譲って、ミスった初心者にきつい言い方したとか、一人だけ喋りすぎて喧しいとかならまだわかるけど、 単にいろいろ提案しただけでなんでそんな言い方されなあかんねん。

就職して、こういう人間に対してもニコニコ接して、感覚が違うところもあるけれど、やっぱり同じ人間なんだな。 そう思ってた自分は昨日死んだ。

文化が違う人間は一生分かり合えないし、分かり合う必要もない。それぞれの道を生きれば良い。

ただお前は押し付けてくるのをやめろ 。人狼の勝ち方を押し付けられるのは嫌うくせに、 人の人格とか行動とかについては自分の意見を平気で押し付けてくるその無神経なおぞましさに早く気付け。

数の暴力をやめろ。僕は負けないし屈しないが、場の空気が悪くなる。そうなって困るのはそちらの方でしょう?

好きな女が電車の向かいの座席で、その膝に枕した男の髪を撫でている

まるで私の男だと言わんばかりに撫でている。 伏せた目は、その男の横顔を愛おしそうに眺めている。

僕はその様子を眺めている。 正確には、視界の端にその姿を捉えている。

しょうもない女だ、と思う。 どうして飲み会で騒いで暴れて、店にも他の客にも迷惑をかけるような男を、そんな風に扱うのか。

体育会系出身の女は、どこか価値観が狂っている。

君たちが面白いと思っているのは、単に賑やかってだけだよ。 賑やかなのを喜んでるだけなら、君は人間じゃなくて動物だよ。

そんなんで、芸人が好きってよく言えるよな。 こんな飲み会で笑う女の、「この芸人好き」なんて、 道に転がる石ころほどの価値もない。

お前ら全員、社会人にもなって、何やってんだ。

もういいや。 グッバイあっち側の人。

星野源は嫌いだけど、星野源が好きって言ってる女は好き

星野源って、2015年の紅白でSUN歌ってたときから、 なんとなくいけ好かないなあと思っていたけれど、 原作から大ファンだった「逃げ恥」でガッキーと契約結婚し出したあたりから、 嫉妬も含め、めちゃめちゃ嫌いになった。

大したイケメンでもないくせに、ガッキーといいことしやがって。 演技はよくて、曲もよかったのがさらに腹立たしい。

でも好きな男性芸能人は星野源って言ってる女の子はだいたい好き。 EXILE好きよりよっぽどええわ。

アジカンも同じことが言える。

不幸じゃないからといって、幸せとは限らない。

東大卒業してるし、 学生時代は楽しく過ごしたし、 大企業に就職したけれど、 僕の人生、全然幸せじゃない。

給料もあるし、 会社の人間関係も悪くないし、 読書とかお笑いとか、趣味もそれなりに楽しいのに、 僕の毎日、全然満足できない。

東大も大企業も、大したところじゃないと思っているし、 それを自慢に思う気持ちもさらさらないけれど、 それにしたって、もっと幸せであるべきちゃうんか。

病気で死にかけたことも、 学生時代イジメられたことも、 親が死んだことも、 理不尽な暴力や暴言を受けたことも、 一つもないけれど、 何だろう、この虚無感。

たぶん、 心からやりたい仕事をやってる人とか、 親友や彼女がいる人とか、 趣味を極めている人とかがこの世の中にいて、 そういう人に比べて不幸な自分が見えるから嫌なんだ。

24歳。年を経るたびに可能性が収束していく。

何歳からでもいいからやり直したい。